アナルコ・キャピタリズム研究(仮)ブログ

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海外移住:一国リバタリアニズムとグローバルなリバタリアニズム

私は自由について論じているようで実は価格について論じている。価値と費用について論じている。選択について論じている。交換について論じている。モノ・サービスを買う・売るときに得られるもの・失うものについて考えている。

政府を民間企業として見よう。世界の国々を独立した保護エージェンシーとして見よう。すなわち顧客の生命と財産を保護するサービス、経済を保護するサービスを提供する企業として見よう。すると世界は「擬似的な」無政府資本主義社会と見ることができる。この市場は不完全だがすべてつながっている。

仮に東南アジアあたりに英語が公用語であるが、移民制限がとてもゆるく、ご飯もおいしく気候もよく、海外交通の便もよく仕事も豊富にあるが、法人税も個人所得税も極端に安いという国があれば移住を考えてみる人は多いだろう。そんなとこがあれば日本の企業も進出し、すぐにリトルトーキョーができる。

移住によって「国家を選ぶ」ということは何も新しいことではない。部分的にはロシアよりイギリス、イギリスよりアメリカというように移住や亡命という形で過去ずっと行われてきた。「国家を選ぶ」というのは「国内で地方自治体を選ぶ」という行動の拡張と見ることもできる。違うのは国内の移動はそれほど難しくないが、国家間の移動はなかなか簡単ではないということ。また地方自治体にたいして権力はないが、国家のそれは強大だということだ。

国家への選択の拡張が一般にはできなかったのは一個人にとってあまりにもコストが大きすぎたからである。「国の比較」ということはあっても「国の選択」というのはなかった。だが古来より人々は隣の国ぐらいには普通に移動してきた。そして現代では外国情報入手のコストも交通のコストも下がり人々は国々を楽々と往来している。そこで「国の選択」ということはますます「ありうる」考えとなっている。

現実の個人の海外移住のコストについて考えてみる。何より問題になるのはビザである。観光ビザでは働けないし、学生ビザも制限がある。労働ビザは通常企業から与えられるものである。才能・技術があれば個人で取得することもできるが分野などに制限がある。

だが「お金さえあれば」投資家ビザ・起業家ビザなどを取得でき、自由に生活することができる。さらにその延長で永住権をとることもできるし、帰化して国籍をとることもできる。またお金があれば「不正な手段」を使ってそれを「購入」することもできる。最もとりやすいともいえる婚姻ビザを使って取引するのである。

海外移住でもう一つ大きな問題になるのは言葉であるが、これはビザの壁ほどは高くない。また慣習や文化はビザや言葉ほど問題ではないし、そもそも慣習や文化が気に入ったから移住したいのである。

ビザは「安い」国もあれば「高い」国もある。これはその国の移民政策の厳しさの程度ということである。たとえばオーストラリアなどは移住しやすいことで知られる。国籍によって制限されることも多い。たとえばイギリスで労働するのはEU人ならそれほど難しくないが、日本人ならそれほど簡単ではない。

以上のことは国、海外移住には見えない価格がついていることを示している。もちろんビザや言葉だけが移住のコストではない。たとえばイチローは日本でプレーし給料をもらい日本で生活することをあきらめている。コストとは機会費用である。ほとんどすべての日本人にとって日本を離れることは考えられないし、実際日本が住みやすいだろう。しかし日本に住むことは外国に住むことをあきらめることでもあるのだ。

この「国の選択」という「擬似」無政府資本主義の視点はより離れた位置から大きく世界を見ることである。また「国の選択」というのは個人の「外部オプション」という自由の統一的視点から見ることでもある。

一国リバタリアニズムの前にグローバルなリバタリアニズムを置こう。「国の選択」ができる世界を目指そう。市場はつながっている。リバタリアンは自国政府に対してだけでなく他国政府にも規制の解除と自由の返還を要求しよう。そして自分にとっての費用と価値を測り、利益が最大化される国で生活しよう。
★一国主義でないリバタリアニズム | comments(0) | trackbacks(1) |