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リバタリアンはまともな保守を支持する(12)マーガレット・サッチャー

・マーガレット・ヒルダ・サッチャー(1925年-)は、イギリスの政治家。

・女性として初めて保守党党首および英国首相(在任:1979年 - 1990年)となった。現在は貴族院議員。保守的で強硬的な性格から、鉄の女(the Iron Lady)、アッティラ(Attila the Hun)などの異名をとる。尊敬する政治家は同国のウィンストン・チャーチル元首相である。

・大学時代にはフリードリッヒ・ハイエクに傾倒し、このことは後の新自由主義的な経済改革・サッチャリズムの原点となる。

・保守党に属し、1970年からはヒース内閣の教育科学相を務める。このとき教育関連予算を削減する必要に迫られ、学校における牛乳の無償配給を廃止をし、抗議の嵐を巻き起こし「ミルク泥棒」と呼ばれた。

1979年の総選挙では、イギリス経済の復活と小さな政府の実現を公約として保守党を勝利に導き、女性として初めてイギリス首相に就任。そして、市場原理と起業家精神を重視し、政府の経済的介入を抑制する政策を取った。こうした政治姿勢は新自由主義(ネオリベラリズム)あるいは新保守主義と呼ばれ、理論的には、ハイエクやフリードマンの経済学を背景としていると言われる。

・新自由主義の立場に基づき、サッチャーは、電話会社(1984年)やガス会社(1986年)、空港(1986年)、航空会社(1987年)、水道事業(1990年)などの各種国有企業の民営化や規制緩和、金融改革などを断行。また、改革の障害となっていた労働組合の影響力を取り除く政策を多く打ち出した。さらに、所得税は25%〜80%の11段階から、25%と40%の2段階へ、法人税は50%から35%へ、それぞれ段階的に大きく引き下げられた。一方で、付加価値税(消費税)は、8%から15%まで大胆に引き上げられた(1979年)。

・1980年に選出されたアメリカ合衆国大統領のロナルド・レーガンも新自由主義的な政策を数多く打ち出した。さらに、カナダでも、1984年に選出されたマルルーニー首相は保守派であったため、80年代はアングロサクソン各国において新自由主義が支配する時代となる。また、この時期、日本においても、1982年に誕生した中曽根内閣によって、行政改革や国鉄分割民営化(1987年)などが行われた。

・サッチャーの強硬策の一環と捉えられているが、フォークランド諸島の奪還により、イギリス国内での評価は高い。この際に、「人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない。なぜならば国際法が力の行使に打ち勝たねばならないからである」(領土とは国家そのものであり、その国家なくしては国民の生命・財産の存在する根拠が失われるという意)と発言した。経済の低迷から支持低下に悩まされていたサッチャーは、戦争終結後「我々は決して後戻りはしないのです!」と力強く宣言、支持率は驚異の73%を記録する。彼女はこれで二度目の総選挙にも勝利し、より保守的でラディカルな経済改革を断行してゆく。

お金持ちを貧乏にしても、貧乏な人はお金持ちになりません。

・あなたの旗は赤旗でしょう? わたしの旗はユニオンジャックです。

社会というものはありません。あるのは個人と家庭だけです。

マーガレット・サッチャー - Wikipedia

私の仕事は英国が共産主義に向かうのを防ぐことです。

マーガレット・サッチャー - Wikiquote
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